最高峰の5大SG

ボートレース最高峰のSG(スペシャルグレード)競走は年に8度。優秀なトップレーサーのみが出場できる大会で、特に格式高いものを5大SGと呼ぶ。これらを制することはレーサーたちの憧れだ。

SG連続出場記録を更新

SGの中でも特に歴史が長く、格式高い大会が「ボートレースクラシック」「ボートレースオールスター」「ボートレースメモリアル」「ボートレースダービー」「グランプリ」の“5大SG”競走だ。これまでの成績や人気、レース場からの推薦などそれぞれに厳しい条件が課せられ、約1600名いる選手の一握りだけが出場を許される。

5大SG全てで優勝した選手には『GRANDE5』(グランデファイブ)の称号と、初の達成者には3億円相当のインゴットを与えられる。レーサーにとって最大の名誉と言っていいだろう。2020年現在、その偉業を成した者は未だ現れていない。

そんな『GRANDE5』獲得を期待されるのが、これまでに6度のSG優勝を経験している群馬支部の毒島(ぶすじま)誠選手だ。2003年にデビューした彼は、5大SGのうち「ボートレースメモリアル」を2度優勝し、2019年には「ボートレースダービー」を初制覇している。

毒島誠選手

毒島選手は2013年から途切れることなくSGに出場し続け、56大会連続出場記録を更新中。歴代1位の記録を塗り替えた(2020年6月時点)。体感時速120kmにもなるボートを駆り、転覆や怪我、フライングもせず出場する姿にはプロとしての矜持がにじむ。毒島選手がSGに込める思いとは。

「ひとりのボートレーサーとして、SGで勝利することを一番の理想として追い求めています。まず目の前のレースを勝たないとSGの頂点である「グランプリ」は獲れない。SGに出場できることに感謝しつつも、SGに出続けるのが当然だという思いもあります。絶対条件として、自分の軸がぶれるような危ないレースをしない。多少の無理はすれど、無茶はしないように心がけていますね」

覚悟が決まったことで見えた道

SG競走のほか、GIやGIIなどその他のグレードでも出走表に名前を連ねる毒島選手。今や当たり前のように勝利を重ね、ファンからの信頼も厚いが、養成所を卒業してすぐに強いレーサーになったわけではない。20代では多くの葛藤に苦しみ、努力を重ねていた。

毒島誠選手

「デビューした頃は小さな挫折の繰り返しでした。次のクラスの昇格を賭けた勝負に競り負け、2010年にようやく出場したSGでは目も当てられないほどのひどい負け方をしました。そこから、このままじゃ選手としてつまらない、覚悟を決めなければと、意識を変えました。結果がどうであれ、前向きに、とにかく目の前のことを頑張ること。それが僕のポリシーです」

覚悟を決めた毒島選手は、苦汁をなめたSGから3年後、2013年「ボートレースメモリアル」で初めてのSG優勝を果たす。当時は優勝まで長かったと感じつつも、よく獲れたなという感覚だったとしみじみと語った。

目指すは、グランプリ制覇 そして初の『GRANDE5』獲得へ

挫折と努力を繰り返し、誰もが認める一流レーサーへと成長した毒島選手。過去5回優勝した競走は全てナイターレースだったため、付いたあだ名は「夜の艇王」。しかし昨年行われた「ボートレースダービー」で、初のデイレースSGを優勝し、新たな一歩を踏み出す。より高みへ、より強くなるために。

毒島誠選手

「去年の「ボートレースダービー」は師匠の前で優勝できて、SGの中でも思い出深いレースになりました。次の目標は? と聞かれたらもちろん年末の「グランプリ」制覇です。選手なら誰もが勝利を夢に見る特別な大会ですから」

「ボートに乗るのが好きなので、ボートレースでトップになるのは昔からの夢でした。レース中に見える横断幕に勇気をもらいながら、応援してくれる人のため、また自分のためにも『GRANDE5』を取れるよう、努力を重ねていきます」

前人未到の『GRANDE5』獲得まで、残りのメダルはあと3つ。全てのボートレーサーが夢見る偉業を毒島選手が成し遂げる日は近い。

ボートレース芸人・永島知洋に聞いた毒島選手

ボートレース芸人・永島知洋

何事も手を抜かないのが毒島選手。趣味のトライアスロンや釣りはプロ並で、バイクでは鈴鹿8時間耐久レースの監督に就任した。さらに新型コロナ対策支援プロジェクトを立ち上げたのも彼らしさが光る。ファンの期待と共にグランデ5の夢を叶えてくれるだろう。

毒島誠(ぶすじままこと 1984年1月8日生)

登録番号4238 身長163cm 
92期 群馬支部所属
獲得した6つのSGのうち、5つがナイター開催という「夜の艇王」。
トライアスロンや釣り、バイクなど多趣味な一面も見せる。

毒島誠選手