29歳のリミット

ボートレーサーになるためには養成所での厳しい訓練を乗り越えなければならない。選手になれる年齢は29歳まで。そのリミットを目前に、一歩踏み出した者たちは数知れない。

27歳でボートレースの世界へ

ボートレーサーを志す人間はすべて福岡県柳川市の「ボートレーサー養成所」へ向かう。応募資格は中学校を卒業した15歳以上30歳未満の男女に与えられ、厳しい試験を乗り越えられる者はごくわずかだ。1年間にもおよぶ訓練を受ける入所者の平均年齢は20歳前後で、ほとんどが男性。そこに、27歳で足を踏み入れた女性レーサーがいる。

孫崎百世、現在31歳。彼女は中学校卒業後、ニュージーランドの高校へ進学し、帰国後すぐに看護学校へ入学。京都府で4年間、看護師として働いた後、ボートレーサー養成所の門を叩いたという異色の経歴の持ち主だ。中学時代はアルペンスキーで活躍し、大学時代からもプロスキーヤーとして活躍していた彼女が、ボートレーサーを志したきっかけとはなんだったのだろうか。

孫崎百世選手

「将来に悩んでいたとき、知り合いのボートレーサーの方に、レースの世界に誘ってもらったんです。それまであまり馴染みはなかったのですが、養成所について調べていたら年齢制限がある事を知って。そこで「これって今しかできないことだ!」と一念発起し、受験を決めました」

ゼロになり、全てを吸収する

看護師の仕事をしながら養成所の入学資金(※)のためのアルバイトをし、寝る間を惜しんで筆記試験の勉強をしていた孫崎選手。全力を尽くしたのにも関わらず、初めての挑戦は筆記試験で不合格だった。悔しさで2〜3カ月立ち直れなかったが、親にも同僚にも相談せず、1年後、2回目の試験へ挑戦。27歳で見事合格を手にした。退職時の職場の送別会で『私、これからボートレーサーになります』と伝え、周りを驚かせたそうだ。

※現在は無償化されている

だが養成所に入れたとしても、全員が必ずボートレーサーになれるわけではない。訓練に耐えきれず養成所を離れる者や卒業までに技術を身に付けられない者……。過酷な訓練によって、入所者の心と体が試されるのだ。それは孫崎選手も例外ではなかった。

周りの若い訓練生たちはどんどんと知識を吸収していく一方で、年齢の壁は大きなストレスになる。また、一度社会に出て知識と経験を持ってしまった大人が、厳格な規律が置かれる寮制の養成所に適応することは容易ではない。今まで培った経験をゼロにし、レーサーになるために再スタートしなければならないのだ。

孫崎百世選手

「養成所の生活では、まず社会人としての経験や身につけた考え方を全て捨てることから始めました。訓練生としての1年間はいろんな葛藤がありましたけど、もし今、当時の自分に声をかけるなら「挑戦する価値があるよ」と伝えます。良い時も悪い時もあるけど、今はやっぱりボートレースが好き。本当にいい仕事に巡り合えたなって思います」

レースは常に自分との戦い

2016年11月、28歳でデビューした孫崎選手。初勝利を飾ったのは、翌年の7月だった。目の前の水上に誰もいない先頭から後ろを振り返ると、後続の選手が迫ってきている。その景色を見てボートレースの面白さを実感したと語る。現在B1級の孫崎選手はこれからどんなレーサーに成長していくのだろうか。

孫崎百世選手

「正直、目標はありません。自分が置かれている場所で精一杯やるだけです。ボートレースは、いつも自分との戦い。自分が納得いくパフォーマンスができたかどうかが重要で、そこに年齢はまったく関係ありません。その場に「頑張れる自分」がいるなら、どんなことにも挑戦していけます」

前に進む恐怖よりも、挑戦する楽しさが勝るという孫崎選手。次はどんな挑戦が待ち受けるのか、本人が一番楽しみにしているはずだ。

ボートレース芸人・永島知洋に聞いた孫崎選手

ボートレース芸人・永島知洋

孫崎選手をひとことで表すと、「自由」以外の言葉が見つからないくらい型にとらわれない選手。年齢を重ねてからレースの世界に入ってきているので、厳しさや努力は人一倍味わっているだろう。夢を追うより目の前の一勝にかける思いが強く、誰よりも想いを行動に変えられる、それが孫崎百世だ。

孫崎百世(まごさきももよ 1988年10月23日生)

登録番号4941 身長154cm 
119期 滋賀支部所属
趣味はクライミング。特技はスキー。好きな食べ物はフルーツ。
経歴も私生活もアクティブな今どき女子は、同性のファンからも注目を集める。

孫崎百世選手