新体操時代はとにかくつらかった
5歳から新体操を始めていた米丸乃絵選手は、中学時代にボートレースと出逢った。「カッコいい!」とすぐにこの競技にホレこみ、ボートレーサーを目指そうと決めた――。
「お母さんが家の近くの教室に通わせてみようと考えたのが新体操を始めたきっかけでした。とにかくつらかったので、義務として続けていたようなところもあった気がします。小学校の頃から減量しなければならなくなったし、学校が終わればすぐに練習に行く毎日だったんです。土日は朝の9時から夕方6時まで練習……。何度もやめようかと思いましたが、やめられなかった。団体競技でもあるから、やめればみんなに迷惑をかけてしまうということもあったんです」
全国大会にも出場できる実力を身につけていたが、高校1年生のときにやめる決断をした。
「それまでに親からも何度か、やめるか?って聞かれてたんです。そのたび『やめん!』と答えていました。義務とは言いましたけど、やっぱりやめたくなかったんですね。全国大会も、行けたことが嬉しかったというより、結果を出せなかったことが悔しかった。それだけ頑張っていたということなんだと思います」
高校時代からボートレーサー養成所を目指していた
米丸選手の父は他公営競技の選手であり、米丸選手が幼かった頃から同じ道を目指すことを勧めていたそうだ。選手になることをずっと拒み続けていた米丸選手だが、父親に連れられてボートレース場に行き、レースを観た瞬間、「ボートレーサーになろう」と決意した。
「父の仕事については、きつそう!ってイメージがとにかく強かったんです。父は毎日練習してたし、大人になってまで、そんなに練習ばかりしたくないなって思ってたんですね。ボートレースについては、どういうものなのかを知らなさすぎたのが逆によかったのかもしれません。レースの迫力がすごくて、自分もボートに乗ってみたい! レーサーになりたい!って。勢いだけで目標にできたんです」
新体操をやめたのも、ボートレーサー養成所の試験に合格することを目指して、勉強とトレーニングをしようと考えたからだ。
「中学校ではあまり勉強していなかったし、トレーニングも新体操とは違った方向でやっていかなければならないと考えました。勉強し直そうと思い、高校生なのに中学生の塾に行って、後ろのほうでこっそり聞かせてもらってたんです。塾までは20分くらい走っていって、帰りも走りました。ジムにも通うようにして、新体操ではあまりやってなかった握力や腹筋を鍛えるトレーニングをするようになったんです」
養成所の試験には4度目の受験で合格した。高校を卒業するまでに合格できなかったときのために進学も考えるようになっていた。
「もし養成所に合格できなかったら管理栄養士の資格が取れる学校に行こうかとも考えてました。管理栄養士になりたいというより専業主婦へのあこがれがあって。料理とかができたらカッコいいなと思っていたんですね。料理はべつに好きじゃなかったですけど(笑)、できるようになったら楽しいだろうなという感覚でした」
自分は絶対、この仕事が向いている!
養成所の試験に合格したと知ったときには飛びあがって喜び、両親と抱き合った。ボートレーサー養成所では厳しい1年を過ごしているが、それを乗り越えられたのは新体操を続けてきた経験があったからかもしれない。
「そうですね。養成所より新体操時代のほうがきつかったという感覚があったので、耐えられた気もします。でも、とにかく卒業しなければいけないという気持ちが強かったから。落とされたりするのが怖くて、いつも怯えていたというか、必死でした。私は不器用なので整備がいちばん苦手だったんです」
ボートレーサー養成所ではリーグ戦成績も良く、修了記念競走では女子養成員でただ一人、「養成所チャンプ決定戦」にも出場した。ボートレーサーになってからも順調に成績を伸ばしている。
「レーサーとしてやっていくなかでは、やっぱりきついこともあります。私はすごく緊張しやすいほうなんですが、この仕事をしていれば、いつも緊張していることになります。勝たなきゃいけないというプレッシャーもきつい……。だからなのか、もしレーサーになっていなかったら、平穏な生活ができていたのかなと考えることもあります。でも、自分は絶対、この仕事が向いていると思うんです。結果を出せれば達成感があるし、頑張った分だけ成績にもつながっていく。つらいことより、いいことのほうがずっと多いですから」
大人になってまで練習ばかりしていたくないと考えていたはずなのに、レーサーになってからも練習漬けの日々を送るようになっている。オフにも練習をしていることはつらくないのだろうか?
「それはつらいです。レースが終わった次の日とかはとくにつらい。練習に行きたくないとは思うんですけど、休んでしまうと罪悪感が生まれるので、そっちの気持ちが勝つんです。練習に行けば、何かしら学べるものがあり、絶対によかったと思えるものです。やらなきゃ下手になるし、続けなければうまくなれない。面倒だな、とは思いますけど、やっばり楽しいです」
そうした努力も実り、2026年前期にはA1級になり5月にはボートレースオールスターでSGにも出場する。ボートレーサーとして順調に階段をのぼれているのだ。
「強い人しかいないSGの世界ってどんな感じなんだろう、という不安はありますが、楽しみのほうが大きいですね。出るからには活躍したいし、(オールスターはファン投票なので)成績で出場レーサーが決まるSGにも出られるようになりたいと思っています。今すぐは難しくても、男女混合の記念を優勝することを目標にしています」
新体操の経験があることも、今、頑張れている要因なのだろう。つらいとは口にしていても、毎日が充実している。そんな米丸選手は最後にこう話してくれた。
「もし、将来について悩んでいる人がいるのなら、やりたいことをやるようにしたほうが絶対にいいと思います。好きなことだったら、つらいことでも乗り越えられる。人生、やりたいことをやって、楽しむようにしたほうがいいですからね」
(この記事は2026年5月に作成されたものです)