“普通の生活”をしたくてバスケは引退した
女子バスケットボールのトップリーグで2年間プレー。その後、ボートレーサーに転身したのが宮崎安奈選手だ。プロからプロへ。まったく違う世界へのチャレンジを決めたのはどうしてだったのだろうか?
「女子バスケットボールのプロ時代はいい経験ができたと思っていますが、高校まではずっとレギュラーだったのに、初めてサブになったことで挫折を味わったというか、悩んだ2年間ではあったんです。ポジションはガード(司令塔的役割)でしたけど、Wリーグではいちばん身長が低いくらいだったので、限界を感じていた部分がありました。小学校からバスケを始めて11年間やってきたので、ひと区切りつけてもいいかなって。普通の女の子になりたいというか、普通の生活をしたいと思って、バスケは引退することを決めました」
実家は埼玉県なのに、バスケットボールのために福井県の強豪校に進学し、先生の家に下宿させてもらうなどしてきていたのだから、バスケ漬けの日々だった。
引退後は少し休んでから、一般的な社会人生活を送ることを考えていたようだ。
当時はボートレーサーになることはまったく考えていなかっただけでなく、ボートレースがどんなものなのかはほとんど知らないに近かった。
「ボートレースを勧めてくれたのは父でした。身長が低くてもやれる競技のようだから私に向いているんじゃないかということで、挑戦してみないかと言ってくれたんです。でも、今だから言えることですけど、最初はかなり抵抗がありました。普通の生活をしたいというのが私の気持ちだったし、1年間、養成所生活を送るというのは考えにくかったからです」
もう一度、1から頑張ってみよう
悩んでいるところで背中を押してくれたのが、プロサッカー選手である兄の泰右さんと、プロバスケットボール選手である姉の宮崎早織さんだった。宮崎家はそういうスポーツ一家であり、早織さんは日本代表としても活躍している選手だ。早織さんとは3歳違いで、バスケを始めたのも姉の影響だった。Wリーグに進んだのも早織さんと同じコートで戦いたいという気持ちもあったからだそうだ。
「『1年間、養成所で学ぶことでプロへの道が開かれるんだからすごいじゃない』と2人からは言われたんです。2人ともプロの世界でやっているし、私ももう一度、1から頑張ってみようかと思えてきました。私にとって2人の存在はすごく大きくて、いつも物事をプラスに考えさせてくれています」
その段階でボートレースのことはほとんど知らなかったので、養成所では戸惑いも多かった。
「モーター整備まで自分でやるんだ!?とか、驚きばかりでした。できないことが多すぎて、すごいプレッシャーになっていました。でも、負けず嫌いっていうのもあるし、自分で決めたことなんだからボートレーサーになりたいという一心で頑張れたんだと思います」
知らない世界に飛び込むのは魅力的なこと
新人レーサーには珍しいことではないが、初めて1着を取るまでに1年を要した。
「デビューした頃はうまくいかないことばかりで、結果を出せない焦りだとかプレッシャーだとか、いろいろ重なって、養成所の1年とは違ったしんどさがありました。やっぱり普通の生活をしていたほうがよかったかな、と思った時期もあったくらいです」
そういう中で励ましになったのは、やはり早織さんの存在だった。
「デビューしてしばらくした頃に東京オリンピックがあって、女子バスケットは銀メダルを取りました。自分がやっていた競技があれだけ盛り上がって、その舞台に姉もいたんですから、自分も頑張らなきゃいけないって気持ちになりました。それでもなかなか勝てずにいると、姉は『まだ1年じゃない』と言ってくれたんです。私からしたら“まだではなく、もう”という感覚だったんですけど、姉の言葉だからこそ素直に聞くことができて、心が軽くなった気がします。……姉とは仲が良くて、一緒に遊びに行ったりもよくしますけど、感謝の気持ちを言葉で伝えたいことはないですね。やっぱり照れくさいですから(笑)」
初勝利のあとは成績も伸び始め、2024年6月にはヴィーナスシリーズでの予選突破も果たしている。
「レースに参加できている感覚をもてるようになってからは、仕事が楽しくなってきました。バスケットでもファンに応援してもらえますが、ボートレースのほうがファンの人たちの声援が身近に感じられ、それに応えたい気持ちを強くできます。頑張った分だけ成績や収入もついてくるし、この仕事についてよかったなって思っています。普通の生活をしていたら重圧を受けるようなことは少ないと思いますけど、物足りなさを感じるかもしれないし、普通にやっていきたいという感覚はもうないですね。選手として頑張って、まずA級になりたいです」
取材の最後に、これからの進路に悩んでいる人たちへのメッセージをもらった。
「私もボートレーサーを目指す前はすごく悩みましたが、チャンスがあるならやってみる、という方向に気持ちを固めるのもいいんじゃないかと思います。私の場合、バスケとボートレースはまったく違う競技ですけど、バスケをやってきたからこそ今の職業があるとも感じているので、遠回りをした感覚はありません。こういう道を歩んできてよかったと思っています。知らない世界に飛び込むのはすごく魅力的なことですよ」