もう一度、イチから上を目指したかった
6歳でフィギュアスケートを習い始め、全国大会にも出場していたが、中学2年生でボートレーサーになろうと決意!高校1年生のときにボートレーサー養成所に入所し、17歳でデビューしたのが平川香織選手だ。
「フィギュアは最初、楽しいなというだけで始めたんですけど、いつのまにか上を目指して練習するようになっていて、オリンピックに出たい、という気持ちも当時はありました。でも、そうなってくると、うまくいかないことも出てきて……。上を目指して努力するのはまったく苦にならないんですけど、(オリンピック出場は狭き門なので)フィギュアは生まれつきの体格なども影響してくるので、練習や努力だけでは通用しない世界だということを少しずつ実感し始めちゃって…。中学2年生で出場した全国大会でも結果を出せず、自分には無理かなと思いかけていた時期に、父親が連れて行ってくれたボートレースに惹かれたんです」
このとき、当時73歳の“レジェンドレーサー”加藤峻二選手(現在引退)のレースを見たことも大きかった。
「フィギュアは10代、20代で引退する選手が多い競技ですけど、(加藤選手の活躍を見て)ボートレースは長い競技生活を送れそうだと感じたことや、これからもう一度、イチから上を目指していけるスポーツはこれしかないなって思ったんです。そのあとはフィギュアを続けながらも、ボートレーサーを目指すようになっていきました。」
フィギュアの経験が生きているとすればメンタル面
高校を休学するかたちでボートレーサー養成所に入所したが、途中で高校に戻ることはまったく考えていなかった平川選手。新しい世界に飛び込んでいく不安もなかったという。
「同期の中ではいちばん若かったので、最初は同期も教官も怖いと思っていたんです(笑)。でも、仲が深まっていくにつれて楽しくなりました。つらいというのはあまりなかったですね。水が苦手なので、向いているとは言えないかもしれないんですけど、そういうことは考えず、無我夢中でやっていました」
フィギュアスケートとボートレースでは、足に重心をかけてターンするところなどは似ているとも感じていた。
「その感覚が役立っているかはわかりませんが、そういうイメージは持っていました。ただ、フィギュアスケートの経験が生きているとすれば、メンタル面の気がします。フィギュアは年間の大会数が少ないので、一試合一試合がすごく重かった。だから試合ではいつも緊張していました。練習ではできていることでも本番ではできないことが多かったんです。その経験もあるからか、ボートレースではフィギュアの頃ほど緊張しないで本番に臨めるようになった気がします。……ただ、そうなれたのは最近ですね。デビュー当初はやっぱり緊張がすごくて、自分がどういうふうにハンドルを切ったかも覚えていないときが多かったですね。いつも練習で走っている地元(ボートレース戸田)でも、練習と本番ではまったく違う水面に見えたりしていました。」
弱い自分がダメとは思わない
デビュー3年目には腰を痛めて手術した。復帰までは5か月かかったが、このケガが転機になっている。
「このときはボートレーサーを辞めることも頭に浮かぶくらい挫折しかけていたのですが、とにかく一度、目標とかは関係なくレースをしてみようと思って復帰しました。そこからだんだんと成績があがってきたんですよね。ケガをしてよかったということはないんですけど、あの時考え方を変えられたことが今につながっている気はしています」
やるからにはトップを目指したい気持ちが強かったこともあり、平川選手はデビュー当初から「最年少SG制覇」を目標に掲げていた。フィギュアスケートでオリンピックを目指していたこともそうだが、自分に重圧をかけすぎるところがあったのかもしれない。その呪縛から逃れられたわけだ。
「メンタルはすごく弱いんですけど、弱い自分がダメとは思わない。なんとかコントロールして、一定でいられるようにするのが大事な気がします。勝負の世界では悔しいとか嬉しいとか一喜一憂がありますけど、できるだけ波はつくらないようにしています。フィギュアの頃はそれができなかったのに、ケガをしたことや、師匠である桐生(順平)さんからアドバイスをいただいたことで変わることができたのだと思います。桐生さんのおかげでファンの方がどんな気持ちでレースを見られているのか前よりわかってきた気がします。今はこの競技を仕事にできていることにすごく感謝しているし、生きがいを感じています」
フィギュアスケートからボートレースへ――。10代という若さでまったく違う世界に飛び込んだことをあらためて振り返り、どう思うかを聞いてみると、次のように答えてくれた。
「すごくよかったと思います! 自分の中ではケガや挫折などいろいろとあったんですけど、こんな経験ができることってそんなにないと思うし、それによって成長できている気がするんです。何歳からでも挑戦はできるんだと思いますけど、若いときにしかできないこともあるはずですから。進む道に迷っているような人がいるなら、失敗を恐れず、どんなことでも挑戦してもらいたいですね」