プロになれるかもしれないと考えると、すごくワクワクした
ここ1年ほど飛躍的に成績を伸ばしている中村かなえ選手は、2017年のデビュー当時から注目を集める存在だった。お茶の水女子大学理学部で化学を学び、大学院まで進んでいた中でボートレーサーに転身した異色の経歴が目を引いたからだ。“リケジョレーサー”とも呼ばれたが、どうしてそこまで極端な方向転換ができたのだろうか。
「小学生の頃に江戸川の土手からボートレースを見たのが最初で、そのときに楽しそうだな、やってみたいなと思ったんです。それからボートレーサーになりたいと口にすることはあったんですけど、自分が目指せるものだとは1ミリも思っていなかったんです。でも、大学4年で大学院に進むことが決まっていた頃になって、本気でボートレーサーを目指してみたいと思ったんです。卒論を書くためにネットを見ていたときに、ボートレーサー養成所の試験を受けるために条件的な部分で問題がないのを知ったからです」
それまで歩んでいた道に行き詰まったわけではなく、むしろ先が開けていた中で、まったく違う道へ進むことを選んだわけだ。それだけ思いが強かったのだと想像される。
「そうですね。子どもの頃から水泳や軟式テニスをやってたんですが、自分にすごい才能があれば、プロを目指していた可能性もあったと思うんです。でも、普通に考えて、それはムリ(笑)。どちらかというと勉強が得意だったので勉強の道を進んでいたということで、プロスポーツ選手への憧れはあったんです。未経験者でもスタートラインに立てるこのスポーツでプロになれるかもしれないと考えると、すごくワクワクしました」
両親は常にわたしの意思を尊重してくれていた
大学院に進むことが決まっていながらボートレーサーになると言い出したとき、家族がどんな反応をみせたのかも気になるところだ。
「母親には子どもの頃からレーサーになりたいと言っていたので、そんなに驚かれず、“えっ、すごいね、頑張れ!”みたいに応援してくれました。父親は“えっ、何の話!?”と絶句してましたが、“自分で決めたなら頑張って”と言ってくれました。子どもの頃から勉強しろとか言われたことがなかったし、常にわたしの意思を尊重してくれていた気がします」
ボートレーサーを目指すと決めたあと、すぐに願書は出したが、試験は5月以降になるので、大学院へ進んだ。試験に合格したあとも当初は大学院との両立を考えていたが、ボートレースに専念するため、結果的に大学院は卒業しなかった。
「大学では勉強しただけじゃなく、部活やバイトも楽しかったし、大学に行けたのはよかったと思っています。デビューは遅くなりましたが、回り道をした感覚はないですね。ボートレーサーの仕事をしていくうえで、大学で勉強していた内容そのものが生きていることはないんでしょうけど、試験勉強だとか実験だとか、結果や答えが出るまで粘り強く集中してきたことで養われた精神力は生きている気がします」
中村選手は、確実なスタートを武器にしている。スタートタイミングを計るうえでも、理系的な考え方が生きている部分はあるかもしれない。
「数式で計算するというほどではないんですけど、風速だとか自分の加速だとかをめっちゃ考えて、このタイミングで起こそう(助走を始める)とは決めていますね。だから、スタート特訓の段階からちゃんと意味をもたせられている気はします。プロペラ調整やモーター整備ですか? 本質的にはめちゃくちゃ物理だと思うんですけど、結局のところは経験を積んで感性を磨いていくしかないなって結論にいたっています」
未知を恐れず、挑戦してみてほしい
デビュー当時は「このままではクビになるんじゃないか(引退勧告を受けるのではないか)」というほど成績は伸び悩んでいた。それでも「自分なりにやりきった結果ならそうなってもしょうがない」と考えていたそうだ。一歩ずつ、という感覚で頑張ってきていた。
「来期は勝率3点取ろう、次は4点取ろうみたいな感じで、5点取れるようになってはじめて、次はA級を目指そうとした感じでした。この頃から苦手だったターンも少しずつできるようになっていった気もします。最近はレースで勝てることも増えてきて、充実しています。でも、いまはまだ自分の実力に全然満足できていません。満足できるときなんて永遠にこないと思うんですけど……、ちょっとずつでも常に成長し続けたいなとは、いつも思っています」
中村選手ほど極端なケースではなくても、人生の分岐点に立ちながら自分が取るべき進路に迷っている人に対してメッセージはあるだろうか。
「勉強でも部活でもバイトでも、それまで頑張ってきたことがあるなら、絶対、ムダにはならないはずです。違う道へ進もうかと考えたとき、いろんな迷いがあるかもしれないけれど、もったいないことなんて何もないんです。ボートレーサーという仕事でいうなら、誰もが未経験のところから始めるので、ちょっとでもやってみたい気持ちがあるなら、ぜひ考えてみてほしいですね。ゼロからスタートする場合、短い期間でも集中して努力をすれば、ものすごい意味をもちます。幼い頃からやっていた野球とかテニスとかならそうはいきませんが、ボートで1年間頑張ったら成長しかないと思うんです。ボートに限らず、未知を恐れず挑戦してほしいですね」