あきらめない 羽野直也

オーシャンカップはそれまでの経験値が活きたレースだったオーシャンカップはそれまでの経験値が活きたレースだった

2017年6月、22歳の時に大村・海の王者決定戦を優勝して“平成生まれのボートレーサーとしては初のGⅠウィナー”になったのが羽野直也選手だ。2023年には最高グレードのSGレースであるオーシャンカップ(児島)でも優勝している。そんな羽野選手が大切にしている言葉は「あきらめない」だ。誰かに影響を受けたのではなく、自分自身で考えたもの。そして、自分のあり方を律するための教訓としているという。こうしたスタンスでいられたからこそ、オーシャンカップで優勝できたといえるのかもしれない。

「これまで優勝してきたレースのなかでも、オーシャンカップは過去一番に偶然だったと感じているんです。今回はまず優勝できないだろうな、という流れで迎えた優勝戦だったんです。
予選最終日の1号艇で勝てていれば準優勝戦もいい枠番に入れていたのに、4着になり、結果として準優勝戦は5号艇になってしまいました。その後の準優勝戦も、展開がもつれたからこそ2着に入れたようなレースだったんです。
優勝戦メンバーのなかでは、エンジンも出せていなくて、4着くらいに入れたなら万々歳だな、と思っていたんです。直線が伸びないだけでなく、乗りにくさもありました。それで、とにかくサイドの掛かり(※)が良くなるようにと調整を続けていたんです。いつもだったら、もう無理だって感覚になっていたかもしれませんが、最後までやっていたことで、発走直前になって、“ワンチャン、縦に入っていくような差しができるんじゃないか”というイメージが浮かんできて、たまたまそのとおりの展開になったんです。それまでの経験値が活きたレースだったようにも思います」

※「サイドを掛ける」とは、ターン時にボート本体の右側に力を掛け、サイド(右腹の部分)を水に沈めて旋回する状態のことをいう。サイドを掛けることで受ける水の抵抗を利用し、全速に近いスピードでコーナーを曲がることが可能となる。

羽野直也選手

負けたくない気持ちが人より強く、ボートのことしか頭になかった

早くから脚光を浴びていたイメージも強い羽野選手だが、デビュー後などは悩み苦しんでいた時期も長かったようだ。

「今はもう、あきらめないことが前提として身についていますが、最初のうちはキツかったですね。デビューしてから2年間くらいは、思ったような結果が出せなかったんですけど、とにかく必死でやっていました。あきらめちゃダメだなという気持ちは、その頃がいちばん強かったと思います。ボートレースのことしか頭になくて、プライベートもすべて仕事のために使っていたんです。レースで負ければ寝つきが悪くなったりもしていたので、負けたくない気持ちが、人より強かったのかもしれません。周りの期待を感じるというより、自分にかける期待値が高かったんだと思います」

初めてGⅠで優勝できた頃には絶好調の状態にもなっていた。しかしその後、成績が伸び悩んだ時期にもずいぶん苦しんだ。

「とにかくいろいろ考えていた時期ですね。とりあえず何かをやろうとしていたというか……。コンディションの整え方を考え直し、オフのときにはボートから離れるようにするなど、答え探しのようなことをやっていたんです。今はもうあまり読まないんですけど、自己啓発本も読み漁っていました。考え疲れた部分もあった気がしますが(笑)、その経験もプラスになっているように思います」

羽野直也選手

どんなときでも心に余裕を持てているようになりたい

今でも課題に挙げられるのが“調整力”なのだという。良いモーターを引けば勝てても、良くないモーターを引けばなかなか成績をあげられない。ボートレーサーであれば誰もが苦しむ部分だが、羽野選手は「経験値が足りなかった」だけではなく、「なんとかしようという気持ちが強すぎたのではないか」と振り返る。

「空回りしていたというか、悪い意味で”完璧主義”すぎた気がします。力を抜くべきところで抜くことができていなかったんです。すごい人たちは、良くないモーターを引いても、自分の中にあるゾーンの端っこに引っかかるようなところまでは、調整で持っていきますよね。だからといって、常に同じところ(最高水準)を目指そうとするわけではありません。このモーターだったらここまで仕上げられたらいいんじゃないか、となったら、そこから先は無理をしないこともあります。そのほうがかえっていいこともあるんですね。頑張るだけがすべてではないということは、先輩たちを見ていて学べた気がします

デビューから間もなく10年になるが、ここまでの道のりは決して平坦なものではなかったようだ。

「これまで1年が早かったと感じたことはなかったですからね。これから何があったとしても、こんなにキツイと感じることはないんじゃないかという気がしています。今後はもう少し、仕事もプライベートも楽しんでいきたいとも思っています。今まで僕は、余裕がないときには、人に笑顔を見せられないほうだったので、どんなときでも笑顔を見せられるように心に余裕を持てるようにしていきたいですね。……それと2025年のSGボートレースクラシック は若松での開催となるので、この出場権はなんとしても取りたい。僕の中で地元のSGで結果を出すことは目標としてすごく大きなものなので、これからの1年は記念レースで優勝するか、一般戦の優勝を積み重ねていきたいと思っています」

ボートレースの本質はどんなところにあるのか。そんなことも含めて、今はまだ何も答えが見つけられていない段階なのだともいう。それでも、葛藤を続けてきたからこそ成長できてきた。その原点にあるのが「あきらめないこと」なのかもしれない。取材の中で羽野選手はこうも言っていた。「これから何かを目指そうという人たちには、あきらめないという言葉は大切にしてほしいですね。そこが始まりです」

羽野直也(はのなおや 1995年3月29日生)

登録番号4831身長167cm
114期
福岡県出身 
福岡支部所属
2014年5月にデビュー。翌2015年4月に初1着。2016年7月に初優勝。この頃までは突出した成績ではなかったが、翌2017年に大村周年「海の王者決定戦」でGⅠ初優出・初優勝。2023年には児島オーシャンカップでSG初優勝を果たした。SG グランプリは2022年、23年と連続で出場している。「羽野きゅん」の愛称で、ファンの人気も高い。

羽野直也選手
羽野直也選手